NHK「朝の随想」(NHK新潟放送局)

昭和40年から放送されているNHK新潟放送局制作「朝の随想」の原稿をご紹介いたします。平成18年4月〜9月までの期間、毎週月曜日に放送いただいた内容です。

放送第17回 村上の鮭料理に学ぶ

私は明治時代から続く町屋の中で、塩引き鮭などの村上の鮭料理を、製品として加工し販売をしております。店の表構えには出格子があり、大きな暖簾がかかっていますが、店の一歩奥に入ると、タイムスリップしたような囲炉裏の茶の間が現れ、その右手には数百匹もの鮭が吹き抜けの天井から吊り下げられています。この光景を見たお客様から、驚きの歓声があがることも少なくありません。現在つるされている鮭は、「鮭の酒びたし」という珍味になります。塩を引いた鮭を晩秋から吊るし始め、冬の寒さで渇きが進み、春の風で発酵が強まり、この梅雨の湿り気で旨味と塩の味が落ち着き、夏を迎えひと乾きするのを待って、ようやく出来上がる、手間隙のかかる珍味です。

村上にはなんと百種類もの鮭料理があり、古くからの歴史があります。鮭の酒びたしや塩引き鮭のように時間をかけ発酵させて作る独特のものから、なわた汁といって内臓は味噌汁に、新鮮な白子は刺身で、心臓は塩焼きにし、さらに中骨も柔らかくなるまで煮込んで食べ、頭や皮はもちろんエラまでも食べるという、他の地域では考えられない特殊な鮭料理が受け継がれているのです。

実は、江戸時代の後半、村上藩の大切な収入源だった鮭が獲れなくなり大変な事態になったことがありました。鮭の生態も分からなかったこの時代に、鮭の回帰性を見抜き、知恵と努力で三面川に鮭の産卵用の分流を作る大規模な河川改修工事を行い、世界で始めて鮭を増殖するという驚くべき事業を成し遂げたのでした。この後、鮭は見事に増えました。鮭は大切な天の恵みだと人々は感謝し、この鮭を決して粗末にしてはいけないと、大切にする気持から生まれ、各家庭で作られたのが村上の百種類もの鮭料理でした。

世界の食材を手にいれ、更に美味しいものを作ろうというこのグルメの時代にあって、一尾の鮭で作る村上の鮭料理は素朴なものかもしれません。しかし「一尾の鮭を大切に思い活かしきる」この料理には、決して他のグルメの料理がかなうことのできない、美味しさと、凛として、美しい「食の美学」があるのです。

一つのことを大切に思い、これを活かし、高めるところに、新たな価値が生まれます。まちづくりにおいても、我が町をかけがえのない大切なものだと思う気持から、町のために行動する人が現れ、そして知恵と努力で町を活かし、磨きをかけるところに、新たな価値が生まれ、大きな力になるのではないでしょうか。新しいものやないものを求めるのではなく、町を誇り、今あるものに光を当て、活かしきるところに生まれる「美学」があり、他にはないその町ならではの独自のまちづくりが生まれるのです。村上での町屋を活かした取り組みも、受け継がれてきた鮭料理の精神文化が土台となり、知らず知らずのうちに導かれてきたことかもしれません。

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